井上靖  『星と祭』

ある夜、琵琶湖にてデート中の、

大学生カップルが乗るボートが転覆した。

警察からの連絡で、何気ない日常が

音を立て崩れだした家族たち。

所持品は見つかるものの、県警や機動隊の捜索もむなしく、

遺体は上がらないまま冷たく暗い湖の底へ…

"あんな娘と出会わなければ…"

"いや、誘ったのは彼氏の方に決まってる…"

"遺体は上がってないんだから娘はまだ生きている…"

"いや、もう二人とも死んだんだ…"

互いにいがみあう被害者遺族たち。

月日は経ち、傷も癒えぬまま、彼氏の父親は

遺体の無いまま葬式を済まし、

男手ひとつで育ててきた息子を失った悲しみに暮れ、

ひとり孤独に琵琶湖周辺を取り囲む

十一面観世音菩薩を巡り祈る日々。

一方彼女の父親は誘われていた

十一面観世音菩薩巡礼を断り、

現実から目を逸らすように友人達とネパールを旅し、

ヒマラヤ山脈を目指す。

ある日からふと、死んだはずの娘が現れるようになり、

親子の会話を楽しむ日々。

娘とは事故以前よりも一緒にいる時間が多くなり、

色んなことについて語り合い、暮らしを共にした。

念願だったヒマラヤ山脈での

満点の星空と月見を娘と二人きりで体験し、

ようやく目を背けていたことにけりをつける決心をした。

帰国したその年の夏、

遺族同士でもある彼氏の父親と再会し

炎天下の猛暑の中、子を失った男二人の

十一面観世音菩薩巡礼が始まる。

そして、ふと立ち寄った寺で

娘そっくりの顔立ちの十一面観世音菩薩を見かける…